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 かなり久しぶりにAmazonで本を買った。以前は1冊だけ買ってもそれに見合わない大きな段ボール箱に入れられて届いていたけれど、今回は本と同等の大きさの封筒のような袋に入って来た。無駄な包装を見直したのかな、なんて思いながらポストからギュウギュウと押し込まれた様子が見て取れる荷物を取り出した。袋を開けると、内側が段ボールのギザギザ面になっていて、そこに本が直に入っており、角が傷んだり少し千切れたりしていた。これはなんか違うんじゃないか、としばらく悩んでいたが、大手企業の通販なんてこんなもんかもしれない。苦情を言ったところで、さっさと代わりの個体を授受してお終いな気がする。他にご用件は?とでも言われそうだ。想像でしかないが、そんな思いはしたくないから、うちにやって来た本を大事にすることにして、せめてすぐに読んだ。

 ちょっと気になった商品を調べたり、たまたま聴いたラジオのゲストの女性のホームページを覗いたり、何でもすぐにインターネットで情報を得ることができる。しかしその後に襲ってくるのは、ほんの数分見ただけの商品の広告攻勢だ。買え買え買え買え、買ってしまえ。これを買ったらこっちも買え。買って飽きたら売れ、売ってもポイントをゲットできます。ホームページを見た女性に関係があるのかないのか、まるでオセロゲームのように、SNSのおすすめアカウント欄が似ているようなそうでもないような女性タレントたちの顔ですぐに埋め尽くされる。しょっちゅうそういう調べ物や買い物をしている人ならば、広告も次々に入れ替わるのかもしれないが、おれはそれほど頻繁ではないから、何週間も同じセールスを受けることにもなり、ぐったりしてくる。ちょっと良いかもと思ったものが、どんどん輝きを失ってゆく気がする。がんばってそういう広告等をなくす設定ができたとしても、相手がそれを乗り越えてくるのか、いつの間にか状況は元に戻ることが多い。

 多過ぎる人の手に塗れていないところ、大企業や組織が目を付けていないところ、あるいは見限られ打ち捨てられたところでする呼吸を愛しく思う。そこにはまた別の対価があるとしてもだ。