映画

 こないだ、なんとなく気になっていた映画"春原さんのうた"を観てきた。他にもあるのか分からないが、自分にとって初めて観る、短歌を原作に持つ映画である。しかしそれを差し引いても、今の日本ではあまり無い質感を持った作品だと思う。まず一般的な観賞の仕方で見ていると、チラシ等に書かれているささやかなあらすじ(後から知った)ですら、明確に把握することができなかった。分かることは、中心となって登場する女性が、新しい部屋に引っ越してきたこと、まだ慣れない仕事に就いていること、親戚や知人が訪ねてくること、親しい人達は彼女を心配していること、女性はその返事として感謝ともう大丈夫だと思っていると告げること、などだ。それらが何故そうなったのかが明確に示されることはなかったし、女性と他の登場人物の関係性もなんとなく半分くらいしか分からない。人物が泣き出しても、その理由ははっきり分からない。何かをしているシーンでも、直接的に言葉で説明されることはもちろん、扱っている物や見つめている先が画面に映ることすらなかったりする。よく作品の紹介として、ぎりぎりまで削ぎ落された…、という表現があるが、用意された設定や物語を把握できる水準をぎりぎりだとするなら、この作品は既にいろいろ足りないところまで削がれている。終盤に一度だけ、重要な文字情報が画面の中を通り過ぎた時、ひやりとするような凄みを感じた。

 シンプルだけど見終わってからも考えるところのある作品だった。少なくとも自分にとっては、終映後に感じたのは、良い映画を観た後の心地よい虚脱感だった。