日記 11/8

 アメリカ大統領選挙の大勢が決まったようだ。しかし報道によると、まだひと悶着ありそうで、それがどれくらい結果に寄与することなのか、不勉強のためおれにははっきり分からない。法廷に事が及ぶのだとか。

 話はずれる上にだいぶ小さくなるが、例えば親しい人と主張がぶつかった時、さらにその衝突を解消する必要がある場合、どういう考え方で臨むべきなのか。年を取るにつれ、なるべく俯瞰的に理詰めで効率よく対話することが大人として正しい姿勢で、その理屈を共有できる人と親しく付き合っていくことになるのだと、おれは思ってきたような気がする(できていたかは別の話)。しかし今は、何でもかんでもそうしていると頭が変に凝ってくるし、むしろその方が何となく幼稚な態度であるようにも思える。おれは悪くないとか、あいつがズルをしているとか思う時の疲れ方が、おれは苦手だった。

 一般的な理屈に合わなくても主観的でも感情的でも、相手の主張を許容できるか、自分の説明を理解してもらえるか。その先には多分、人との付き合いのおもしろさがあるし、それを楽しめるような相手が現れたら幸運なんじゃないかと思う。会社や組織の中での仕事では、なかなかそうするわけにはいかないけれど、せめて気心の知れた間柄ではなるべくそういう基本姿勢でありたい。今のところは。冷静で理詰めの話が必要な場面ももちろんたくさんあるが。

 一方で、法による裁きや法律の作り方などは、先人の知恵であるから、正しい知識をもっと学んだ方がいいと、最近思ってはいる。